長生村をアニメの聖地にしよう!

昨日もお伝えしたように、アニメ「君の名は」のなかで舞台となった岐阜県飛騨地方が聖地として訪れる人が急増しているようだ。そのように、アニメやマンガの舞台になった場所や、作者ゆかりの場所を聖地とすることで、観光資源の掘り起こしができるということで「アニメツーリズム協会」が設立されました。

同協会は、出版大手のKADOKAWAなどアニメ関連企業や、JTB、日本航空、成田国際空港会社など観光にかかわる企業が設立したもので、理事長には、人気アニメ「ガンダム」シリーズの監督で知られる富野由悠季よしゆき氏が就任しました。

日本のアニメやマンガは、外国でも人気が高く「聖地」を目的に訪日する外国人旅行者も多い。協会では今後、観光立国を掲げる政府とも協力し、88か所の聖地をつないだ広域の周遊ルートを作り、地方活性化を図る考えだ。88か所というと四国巡礼のお寺の数ですね!

これからは、聖地になれるかなれないかで、観光客が訪れる人数に差がでてくるだろう。これはなにがなんでも「聖地」にならねば・・・。特に長生村のように、これといって特徴がない場所では尚更です。

今のところ、アニメやマンガに関連した場所として、長生村はなにもない状態です。これはアニメ作家の方にお願いをして、是非長生村を舞台にしたアニメを書いてもらいたいですね。

なにもメインの舞台になろうなんて大それた願望は御座いません。ちょこっとでるだけでいいんです。主人公達が「一松海岸で初日の出を見る」とか、尼ヶ台総合公園の山で新緑に吹かれるとか、なんでもいいですよね!

このブログを見ているアニメクリエーターのみなさん(見てるわけないよね)! どうか長生村をよろしく! 長生村の最大の特徴は、千葉県でたった一つの村だっていうことです。

えっ!そんなことじゃアニメの題材にならない!? じゃあ、夏の一松海岸で地引を体験するっているのは・・・。

なにか特別なことではなく、単に田舎らしい雰囲気だけでもいいですかね。最近村では村内のバス亭数か所に、屋根がある簡単な待ち合い小屋を設置したんです。都会ではみることのない風景だと思います。そうそう、同じ様なバス亭が「君の名は」にも出てきましたね。

まあ、いくらアピールしてもだめなものはだめですね! こりゃあ私がアニメ作家になって長生村を舞台にした物語をつくるしかないですね! そんな才能があったら苦労しないんですけどね!

 


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長生村は岐阜県飛騨市と同じだ

今日のTBSテレビ「ビビット」では、大ヒット中のアニメ映画「君の名は」の聖地について放送していた。主人公の宮水三葉が住んでいるのは岐阜県の山深い田舎にある『糸守町』という設定。糸守町という町は実際にはないが、R飛騨古川駅や宮川町落合のバス停、飛騨市図書館などはそのまま登場しているので、湖以外の糸守町の町並みは、飛騨市宮川町をモデルにしていると思われるそうです。

映画がヒットするにつれ、宮川町を訪れる人が急増しているとか・・・。ここからが「ビビット」の真骨頂! 訪れられる側の宮川町に住んでいる人々は、急に人が訪れるようになり、なんでこんなに人が来るの? どうして? といくつものはてなが・・・・。それもそのはず、この町の住人のほとんどが「君の名は」を観ていないそうです。それもそのはず「岐阜県 飛騨地方」には映画館がないので観られないというのが、番組の言いたかったことのようです。

飛騨地方最後の映画館「旭座」は二年前に閉館してしまっているようで、飛騨地方の方が映画を見るためには、一番近い映画館は岐阜県のお隣富山県の「TOHOシネマズ ファボーレ富山」までいかなければならないようで、車で1時間半くらいかかるようです。

「ビビット」出演者も、それを観ている我が家でも、「そんなー」とか言いつつも、「田舎だなー」と笑っていたのですが・・・・・・。

待てよ! 笑ってる場合じゃないことに気が付きました。何を隠そうここ「長生村」はもちろん、外房の中心都市である「茂原」にも映画館はないのです。ショッピングセンター「アスモ」にあった映画館は2012年9月で閉館しています。おいおい飛騨地方最後の映画館がなくなるより二年も前になくなっているじゃあありませんか。東金市のショッピングセンター「サンピア」にあった映画館も2013年4月で閉館になっています。それにより、外房地域に映画館はなくなりました。

映画を観るためには、いちばん近くても市原市ちはら台のショッピングモール「ユニモ」にある「USシネマちはら台」に行かなくてはなりません。道路が空いていても1時間近くかかります。なんのことはない、飛騨地方とほとんど変わらないです。

最近では、公開されてからそんなに経たないでDVDやブルーレイディスクが発売になるので、少し待てば家で観られます。また、私はいつでも千円で観られますが、一般で1800円の料金を考えると、映画離れしても不思議ではありません。結局飛騨地方だけでなく、千葉県外房地域など日本全国レベルで「映画館ゼロ」エリアが拡散中です。これでは映画という文化が衰退してしまうのではないかと心配です。

 

 


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真田丸ファン必見、藤岡弘が大多喜お城まつり2016に本多忠勝役で登場!

妻が大多喜町のイベントに参加してきて貴重な情報をお土産に持って帰ってきた。なんと今年の「大多喜お城まつり」にNHK大河ドラマ「真田丸」に本多忠勝役で出演中の藤岡弘さんが参加してくれるというものでした。

大多喜町は大多喜城の城下町だが、大多喜城は明治4年7月、廃藩置県とともに大多喜城は廃城となりました。それにより、城内の建造物はすべて破却されたのです。

その後、昭和41年5月、県史跡「上総大多喜城本丸跡」として指定され、昭和50年9月、大多喜城(現・県立中央博物館大多喜城分館)が建設されたのを記念し、当時をしのんで毎年お城まつりが開催されています。「大多喜お城まつり」では徳川四天王の1人であった本多忠勝侯一行に扮(ふん)した武者行列やみこしの渡御が城下町に繰り出します。

本多忠勝(通称・平八郎)は「戦国最強の武将」とも称された人物で、13歳の時に、『桶狭間の戦い』の前哨戦である大高城兵糧入れで初陣を飾ってから、大小50数回の戦いで一度も手傷を負わなかったと言われています。とにかく強いのです。徳川家康の江戸入府とともに忠勝の居城となったのが大多喜城である。

忠勝の武術における象徴ともいえるのが「蜻蛉切(とんぼきり)」という長槍です。長槍の柄の部分は通常4.5m程なのだが、蜻蛉切は6mもあったとされています。

蜻蛉切は『天下三名槍』の一つですが、凄まじい切れ味を誇り、戦場で槍を立てていた時に槍の穂先に蜻蛉が止まった瞬間、真っ二つに切れたという伝説から、この名が付いたといわれています。

忠勝は、当時の男性よりも身長が高く大男だったのでしょう。その大男が通常よりも長い長槍をもって立っていたらとおもうと、そりゃあ恐ろしいですね。

今年のお城まつりでは、その恐ろしさが再現されるかもしれません。今年のNHK大河ドラマは「真田丸」ですが、ドラマの中で忠勝を演じているのが藤岡弘さんです。藤岡弘さんは実に22年ぶりの大河ドラマ出演だそうですが、今年のお城まつりの大名行列に初出演してくれるそうです。藤岡弘さんも忠勝と同様に身長があり(180センチの身長ということ)ますから、鎧兜を装着してのパレードということなので、蜻蛉切を持った忠勝が再現されるのではないかと期待しています。

そうそう肝心の日程を教えてなかったですね。

お祭りは9月24~25ですが、大名行列は25日に行われるようです。行列は大多喜城址から出発するとのことです。

 


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家があるのと空き地では大違い

一昨日の朝は、外房近辺では大雨でした。東京へ行くと雨は上がっており、その後1日雨には降られることはありませんでした。そうなると長い傘を持っている自分が惨めですね!

それはさておき、車を降りて駅まで向かう経路に、先日の台風で瓦屋根が飛ばされた家があります。現在空き家になっていますが、そこの家の前の道路上に飛ばされた瓦が散乱していました。ということは、ちょうどとき通りかかっていたら瓦に直撃されて大怪我しているところでした。

事の重大さに気がついたのか、その家は短期間のうちに解体されて、みごと更地になってしまいました。

さてこれからが本題です。一昨日の朝の大雨で、水はけの悪い所では水たまりができていましたが、先ほどの解体されて更地になった敷地から、滝のように雨水が流れ出していました。しかも地面がむき出しのままなので、表面の土砂もながされ土色の濁流が道路を横切っています。これでは、買ったばかりの防水シューズもたまりません。今までは同じくらいの雨が降ってもここまで酷くはなっていませんでした。

建物があれば、屋根に降った雨は雨どいを伝って排水溝へと流れ混むので道路にあふれ出ることはなかったのでしょう。建物がなくなると、それらの排水設備も当然なくなってしまっていますから、敷地に降った雨は即道路へと流れ出るのです。

最近はあちこちに空き家が増えて問題になっていますが、こと雨に関してだけ考えると、空き家でも家があったほうが良いということになります。空き家は、防犯上の問題や雑草や庭木が周囲の迷惑になったり。また今回のように瓦が飛んだり。地域住民にとってはなにもいいことはないと思っていましたが、そうでもないってことに気が付きました。そうは言っても建物が老朽化してくると解体は止むを得ないことなのでしょう。町のあちこちで空き家が解体されてしまうと、地域の排水計画も考え直さないといけなくなりますね。

これから、気候変動がますます激しくなってきますから、今回のようなゲリラ豪雨も覚悟しておかないといけませんね。空き家や空き地の出現で街の振る舞いも変わってきますから、いろいろな事を想定していおかないとダメですね。

以上、たった1軒の家がなくなっただけで大騒ぎをしている「村人」でした。

追伸

更地になるとこれからの季節は乾燥して砂が飛んでいやですね。少しばかりの雑草なら、生えていた方がいいですね。

昨日は十五夜の次の日「十六夜(いざよい)」だったのですね。そして今日が満月。だけど見えません。昨日のうちに楽しんどいて正解でした。

 


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今晩は中秋の名月?満月?どっちでもないらしい

今日はとっても月がきれいです、満月のようにまんまるなのです。昨日テレビでもやっていましたが、昨日が中秋の名月だったらしいです。しかし、昨日はあいにくの曇り空で月をみることができませんでした。中秋の名月が必ずしも満月ではないということなので、てっきり今日が満月なのかと思うくらいまんまるに見えるのですが、満月は明日のようです。

そもそも中秋ってなんでしょう。旧暦ではひとつの季節は三カ月で、春は1,2,3月。夏は4,5,6月。秋は7,8,9月。冬は10,11,12月となります。それぞれの季節の3カ月の最初の月を「初」、まん中の月を「中」最後の月を「晩」と呼んで、1つの季節を3等分しているのです。もうわかりますよね、中秋とは秋(7,8,9月)の中ということで、旧暦の8月のことになります。旧暦は太陰暦なので、月の運行と符合するので、15日の夜の月は満月か満月に近いものになるのです。なので旧暦8月15日の夜は満月(ほぼ満月)となり、その日を中秋の名月と呼んでいるのですね。

今年2016年は、旧暦8月15日は9月15日になります。たまたま今年はちょうど1月遅れの15日ですが、そういう年ばかりではありません。昨年は9月27日だったですし、来年は10月4日になります。

なんでこんなにずれるのか? それは、旧暦の1日は「新月になった瞬間を含む日」と定義しているので、最大で約1日分のずれが生じてしまいます。たとえば0時0分に新月になった場合と23時59分に新月になった場合23時間59分の差があるため、1月が29になったり30日になったりするのです。

それらのずれのために十五夜が必ず満月とはならないわけです。だいたい実際の満月は十五夜より遅くなる傾向があります。

今年は実際の満月は9月17日となり、ずれは最大の2日です(ずれは0~2日の間)。

まあ、以上うんちくをならべましたが、早い話今日の月も明日の月も、肉眼ではほとんど区別がつかないでしょう! 十五夜の月から本当の満月まで、ずれが大きいほど満月が長く楽しめる気がしますが、いかがでしょう? これはあくまで気持ちの上でのはなしですが・・・・。

月の楽しみ方といえば、ここ長生村は最高の月見ができるんですよ! どゆことでしょう?

月はたいようと一緒で、東の空から昇っていきます。なので、朝日と同様に水平線から昇り始めた月(その時がもう充分に暗い時) のあかりが、海面に反射して実に美しい光景が見られるのです。私が仕事から帰ってくるとき、ちょうど海に向かって東向きに走ってきますので、真正面に月が昇って来るのが見えますから、その時の暗さ等を考え、「今日はいい感じ」と思った日は、家を通り越して海岸まで走ってしまいます。海岸近くに住んでる特権ですね! 是非みなさんにもみせてあげたいですね!

 


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今の若い人はうらやましい

昨日は「携帯電話がない時代」というお題で、携帯電話が出現してなくなってしまったものなどの話でしたが、今日はその続きです。
私のような古い人間になると、今の若い人がウラヤマシイです。なぜかって? ちょっと気になる彼女がいたら、携帯番号やメアドもしくはSNSのIDを聞き出すだけでいいんですから。それさえ知れば、あとはゆっくり攻められるってもんです。携帯のない時代はどうしてたんですかね? 私も忘れた・・・。相手の電話番号を聞き出せても、相手が親と住んでいる場合は、親という関門をどう突破するかが大問題です。特に父親が電話にでた場合にはしどろもどろになってしまいますね。二人の間で秘密の約束、たとえば2回呼び出しベルを鳴らして5分後にもう一回かけるので、そのときは本人が出る、とか姑息な手段を考えたりしたものです。寮に住んでいる彼女(彼氏)に電話した場合は、他の寮生が出るのですぐに噂が広がってしまいますし、意地悪な先輩の場合、取り次いでくれないこともあります。
今や携帯電話があれば、パーソンtoパーソンの通信なので、必ず彼女(彼氏)が出てくれるんですから。それだけでも、こんな楽なことありません。なのに結婚(しよう)する若者が減ってるってどういうことなんでしょう? あまり条件がいいと逆になっちゃうんですかね?

今考えると、昔は恐ろしい時代だったのですね。たとえば、どこかで人と待合わせる場合、なにか不慮のことに巻き込まれて遅くなる場合、通知する手段がないんですから。待ち合わせ場所で何時間も待たなければいけないんです。なので昔は、駅には必ず「伝言板」なる黒板がありましたね。「3時間待ちましたけど来ないので帰りますヒロシ」のように黒板に書き込んでおくのです。なんか優雅な時代ですよね。あと、公衆電話がそこらじゅうにあったので、共通の友人を経由して連絡をつけるなんてこともありますね。

いずれにしても、当時はそれで特に不便を感じていなかったのだから驚きですね。今の時代を生きたらとても後戻りできませんね。

そんな時代なので、携帯やゲームに依存してしまうようになってしまいます。テレビでも紹介されていましたが、中高生を対象にした夏休み合宿で、携帯絶ちを目的にするものがありました。最初はなかなか手放せない子供たちも、2~3日すれば、自然のなかでリアルな人間関係のなかで生きるほうが楽しいと思えるように変化していってました。

大人向けでも、XXリゾートの南の島(どこだったかわすれました)ホテルでは、チェックインしたら、携帯等を預けてしまい、滞在中は一切外界から連絡が取れなくし、心からリラックスするという試み初めています。

便利な現代と不便な昔、どちらが幸せなんてくらべられませんけど、後戻りできないのだけは確かなようです。 さらに未来には、今不便に思っていることのどれだけが改善されているんでしょうか? 楽しみのような怖いような!


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携帯電話が無い時代

今はほとんどの人が携帯電話を持っている時代。連絡を取りたければいつでもどこでも大丈夫。考えてみれば恐ろしい時代だ。

みんなが携帯をもつようになって廃れていった文化もたくさんある。まず第一にあげられるのが公衆電話、特に電話ボックスはほとんど見なくなってしまった。みんなが携帯を使うので、利用者が激減してしまったのが原因だが、市街地で500メートルに1台は設置しなければならないという法律があるので、完全になくなることはなさそうだが、使っている人を見るとほとんどが高齢者ですね。次に減ってしまったのはパソコン、ここ数年毎年パソコンの出荷数が減っているようです。最近の新入社員はパソコンで文字入力をするよりスマートフォンでの入力が得意らしい。それくらい若い人のパソコン離れが進んでいるようで、インターネットをアクセスする端末数でもパソコンは半数以下になってしまったらしい。将来は、限られた用途のところだけにパソコンが使われ、ほとんどはタブレットのような物になるのではないでしょうか。

スマートフォンやタブレットが普及したことにより、百科事典や辞書も売れなくなってきています。これはパソコンの普及で減って来ていたのが、スマホでさらに加速した間があります。なにかわからないことがあれば「OKグーグル」とスマホに話しかければいいんですから。紙の辞書を引くなってことはしなくなりましたね。

パソコン、スマホの普及で手紙やはがきも書かなくなりましたね。電子メールという便利なものに押されて、年賀状さえスマホでやり取りする時代になってきました。手書きの手紙なんてここ何年もいただいたことがありませんし、当然書いたこともないですね。これじゃますます字を書かなくなるので、確実に字を書くのが下手になっています。

さらに減ったもの、地図でしょ?まず紙の地図は見なくなりました。グーグルマップや各社も様々な地図を提供しています。カーナビゲーションも昔ほど普及してないですね。特に古いカーナビは地図データが古くて現実と合っていなかったり、平成の大合併が反映されていなかったりするので、そういう方は、ナビがあってももっぱらスマホやタブレットをカーナビ代わりに使っている方をよく見ますね。

最後に携帯・スマホの普及でなくなったもの、駅の掲示板です。昔はかならず駅にあったのに、知らないうちになくなっていました。それにしても外で人と会うのに、携帯の無い時代はそうしていたんでしょうね。待ち合わせ場所が微妙にずれていたりとか、何らかの事情で待ち合わせ時間間に合わないとかいうときに、掲示板は便利だったですね。携帯がなけりゃそれしか連絡の取りようがありませんものね。

時代がすすむと便利になっているけど、大切なものも結構失われているのではないでしょうか? 残せるものは残していきたいですね。


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2016年9月13日

村民・町民・市民

村民・町民・市民

行政区分の村に暮らす人が村民、町に暮らす人が町民、市に暮らす人が市民。単純なことですが、ただそれだけのことです。
だけど「一般市民」に使われるときの”市民”は、行政区分の市に暮らしている人でなくても使われます。この場合の市民とは市に暮らしているという意味ではなく、英語の「citizen(公民、国民、人民、民間人、一般人、住民)」に近い意味だと思います。

村民と町民はどちらも、村や町に暮らしている人を指しますが、江戸時代に都市に居住していた職人、商人を指すときは「町人(ちょうにん)」といいます。「町民」とは言わないのはなぜなんでしょうね?
村民の場合は、「村人」とはあまり言わないですが、テレビ番組「所さんのダーツの・・・」では、第一村人(むらびと)発見! とか第一町人(まちびと)発見! のように、独自の表現をしているのが面白いですね!
人間にランクはないのですが、村民<町民<市民 のように村民より町民が、町民より市民が”うえ”みたいな風潮があるのは事実ですね。私は村民なので、日本国民で一番下のランクということになります(笑)。

しかし、なんで行政の規模によって市・町・村と名前を分ける必要があったのですかね。住んでいる行政単位で都会か田舎かを判断するためですかね? 不思議なことですがこの区分は世界でも同様に行われているところをみると、私には計り知れないなにかが、たぶん、あるのでしょう。

市民・町民・村民以外にも「人々」を表わす言葉は、「国民」「公民」「国民」「臣民」「人民」「民衆」などの呼び方がありあます。

国民とはその国を構成する人々であり、その中で政治に参加できる人を公民といいます。君主国に於いて君主に支配される者を特に臣民といい、国のなかで特別な政治的権限を持たないただの人のことを人民といいます。

同じ人間を表わす言葉でも、いろいろ立場の違いで表現がこんなにもあるのですね。だけど、私の一番好きな表現はやっぱり「民衆」ですね。「国家・社会を形づくっている一般の人々」ということですが、そうなんです、我々は「一般の人々」なんですね。主権在民の民主主義の国では、主役を演じるのが一般の人々である「民衆」なんです。支配する側でもなく、される側でもない「一般の人々」。いい言葉ですね! これからは自分達のことを「村民」と呼ばずに「民衆」と呼びましょう!

 


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いくら田舎だからって野焼きはやめて下さい

田舎暮らしはいいですよ! 空気がきれいで。えっ!空気がきれいって一概には言えないところがあるんです。

都会では絶対にありえない野焼きがいまだに行われているからです。純然たる野焼きは、枯れ草など燃やしても有害物質が出ないものを燃やしているのでまだ我慢できますが、家庭から出たごみを庭や空き地に置いたドラム缶やブロックで囲んだ焼却炉を使用しての野外焼却はかんべんして下さい。

我が家の近所の方で毎朝のように燃やしている方がいます。夏の朝の清々しい外気を吸おうとして外にでると、なにやらあやしい匂いが漂っています。いつでも許されないことですが、特に朝早くはやめてもらいたいですね。

長生郡市では、生ごみを出すときに使う、いわゆる「ごみ袋」が高いので、自宅で燃やすことが多いようです。何を隠そう我が家でも、ここに越してきた頃は庭に焼却炉を置いて燃やしていたことがあります。燃やした後の灰はそのまま庭に埋めてあります。ある時、ダイオキシンが・・・・という記事を読んでからは、自宅で焼却することはやめました。しかし、庭に埋めた焼却灰はそどうしようもなく、我が家の庭では、家庭菜園ができなくなってしまいました。どうしてもという時は、家庭菜園用のボックスを購入して、庭の土を使わないようにしてます。「ごみ袋」が高いというのも問題ですが、住民の方々の環境に対する考え方がいまだに低いというのが信じられません。「ごみ袋」が高いといっても僅かな金額です。それをケチってもっと大事なものを失っているのがわかっていないのです。

近所で野焼きをされて一番困るのが洗濯物への臭いの付着です。一回煙が漂ってくると、もうそれだけで外に干してある洗濯ものはパーになってしまいます。また、煙には有害物質が多く含まれているので、農作物にも影響が出ると思うのですが(我が家は前にも書いたように作物はありません)。

特にひどいのが、農家の方が農業で使ったビニールを野焼きしていることです。これをやられると匂いもきついですし、すすも飛んできます。ダイオキシンもバッチリ飛んでます。

以上、だらだらと愚痴のように書いてしまいましたが、もう一度言わせてください。「野焼きはやめてください!」

何度言っても言い足りません

「野焼きはやめてください!」

「野焼きはやめてください!」

「野焼きはやめてください!」

あーっ! すっきりした!

 


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水田は第二のダムって知ってた?

今日の長生村は雨でした、それも「大雨」の部類に入るでしょう。スーパーに買い物に行っても、駐車場に雨水がたまって靴が濡れる程です。

雨降りの道を走らせていると、稲刈りが済んだ田んぼに雨水が溜って池のようになっています。昔から「水田は第二のダムである」と言われていますが、都会のように降った雨がすべて排水溝へ流れるのだとしたら、今日の降りだと排水不良になりそうです。そうやって考えると、水田は高い保水力により水害を防いでいてくれているのだなと、改めて感心してしまいます。ちなみに、日本全国の水田が蓄える水の総量は、およそ81億トンとのこと、実感のない数字ですが、日本全国に作られている治水ダムの貯水量の、約3.4倍もあるというから驚きです。

田んぼって、単に地面が低くなっていて水がた溜っているのかと思っていましたが、そんな単純なものではなさそうです。田んぼの底の構造は、表面から作土層、鍬床層、心土(下層)の3層構造になっています。最初の作土層は、稲を植えるために掘り起こされる層で、深さはおよそ10センチから15センチほどです。次の鍬床層は、土をつき固めて作られた水を通しにくい層です。この層が水を通しにくいので水を溜めると同時に作業をする人や機械を支える働きをします。この層がバケツでいえば底のような存在で、水田に水を溜める力となっています。さらに、溜めいてた水を、ゆっくりと地下に浸み込ませ、水害の発生を防いでいるのです。

普段何気なく見ている水田にそんな機能が隠されていたなんて、驚きですね! その他にも水田の役割として、表土の流出を防いだり、水を浄化したり、暑い日には気温を下げたり、小さな生命を育む場であったりと、数え切れないほどの役割を担っているのです。

米作りをやめた休耕田では、鍬床層にヒビが入ってしまうことがあります。こうなるとバケツの底が抜けた状態になるので、水が溜まらなくなってしまい、水田の機能の半分は失われてしまうことになります。単に米を作らないということだけでなく、地域の環境をも変えてしまうのですね。一軒の農家の作付面積を増やして大規模化するなどして、できるだけ休耕田を作らないようにしないといけませんね。

豊かな自然が・・・と思っていた我が家のまわりも、実は人間が作ったものだと思うと先人達の知恵と努力に感謝ですね。


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